日高まきば文芸室

『判官館の落陽』作・船 旅人

ちょっとした思い付きが確信に変わることが、あるものだと。この町にやってきて、そんな経験をしています。
僕ら、団塊の世代というより、いまや「逃げ切り世代」――と、人生の最後まで陰口をたたかれながら、ついに齢70を迎えようとしています。言いたい奴には言わせとけばいいわけですが、心の中ではそろそろ「人生の思い出の地」を確かめておきたくて、このところ旅をしています。
ところが、この新冠で出会ったのは、期待すらしなかった、まったく思いがけないシーンだったのです。
この地を訪れたのは初めてだというのに…。
何の前触れもなく現れたシーン。あまりのなつかしさに涙すら覚えたのでした。

「夕陽の赤が、水平線に…」。ええ、吉田拓郎さんの「落陽」に出て来る一節です。彼がいつ北海道に来たのか? そんなことは調べてもいませんが、「仙台発の苫小牧行きフェリー」に、「サイコロふたつ」の土産を貰って乗りこんだ。
そうして「何もない春」の襟裳岬に立った。
きっと飛ばされるような風が舞う岬に立って…。寒さを際立たせる情景描写が、余計に、ひとの暖かさを浮かび上がらせる。どんな心境になれば、こんな素晴らしいフレーズが浮かぶんでしょうか?

今でもこれらのフレーズは唇に残っています。人生に向かおうとしていた僕にとっては、この歌は、「青春」と「北海道」をシンクロさせ、郷愁を掻き立てるのに十分な言葉でした。
そして、リタイアして数年がたち、この夏思い立って日高へと出かけて来たのです。

新冠町に着いた最初の夕でした。名も知らぬ、海を眺められる野路から、何気なく左を見やると、判官館の岩山を掠めて夕陽が沈んで行く。
「ああ、そうだったのか?」。戦慄を感じて、その場に佇んでしまいました。
「ここか!」。きっと拓郎さんも、この景色を見たのでは? とね。
歌詞では、「落陽」は、フェリーの上から眺めるわけですが、仙台から苫小牧、そして襟裳岬を目指すとすれば、ここは通るはずです。

判官義経が、この地に逃れ、最後は、ここに建てた館から身を投じたーーという、伝説があるそうです。
拓郎さんがこの地で「落陽」を見たのかも、なんて話も、僕の思い付きにすぎません。でも、わざわざこの歌を「落陽」とした謎が解けたような気分です。
北の大海に沈みゆく夕陽の赤。僕にとって「落陽」を訪ねる旅は、これで十分でした。

そして、今、この町に住むために出直してもいいかな…。なんて。
移住なんて、まだ、ちょっとした思い付きですが、そのうち確信に変わる? かもしれません。

船旅人

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1949年生まれ。専門新聞社の社長退任後、趣味の旅行を軸に文筆業を目指す。特に船を利用した旅を好む。

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