日高まきば文芸室

『銀河鉄道の夜』と『スタンドバイミー』作・船 旅人

宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の舞台が日高本線だったらしいという話を知って、そしてその日高本線が止まったままと聞いて、今年の夏の旅先に新冠を選びました。

でも、新冠駅のこじんまりとした駅舎に佇んだとき、思い出したのは、別の感慨だったのです。

残念ながら、僕らが滞在した間、新冠も静内とも昼間晴れていても、夜は曇がかかり、星空を眺めることはできませんでした。

東京では晴れていても星空などほとんど見たこともなく、北海道への旅となれば星空はなによりのおもてなし。期待もしていたのですが、南から北に延びる天の川に出会うことはできませんでした。

「天気さえ晴れれば、このあたりでも満天の星と天の川はしっかり見えますよ」とのガイド氏の説明には、うなづくよりありませんでした。晴れていれば、「銀河ステーション」まで行こう! なんて言い出しかねない気遣いの出来るガイド氏を、こちらが慰めながら、銀河ステーションならぬ新冠ステーションへと向かったのです。

誰にも語っていませんでしたが、僕にはこの旅に一つの思い入れがありました。

作者宮沢賢治本人が、どこかで書いているというわけではないのですが、どうやら軽便鉄道時代の日高線にやって来たことがあるという説があります。

主人公の2人の少年カンパレナとジョバンニが辿った、天の川の左側を辿る銀河鉄道が停泊する駅は、日高鉄道のいくつかの駅に類することが出来るというのです。(苫小牧日報 2016年11月28日付)

3年ほど前、新花巻駅近くの山に広がる宮沢賢治の記念館に訪れています。当時は、この小説の舞台を、岩手軽便鉄道だと疑わぬ筆者でした。

が、この童話の舞台の広がりには、少々違和感も感じていました。

というのも、「氷山にぶつかって客船が沈み、この汽車に乗り合わせて来た」という「ただし」と「かおる」という兄妹の存在です。つまり海からやって来たというエピソードが、どうにも納得が行かなかったのです。

そんなところに日高軽便鉄道説。

そして、その直後に聞いた日高本線のニュース。今、鉄道が動いていないのは知ってはいても「もしかしたら。」と、いてもたっても…。だったわけです。

夏の長い日が落ちやらぬ中で向かった新冠駅まで、まだ街中にはJR線の看板が残り、雑草に包まれ、赤さびの浮いた線路の傍らを車で向かいました。

でも、駅舎は廃駅なんて感じではなく、つい最近手を入れたばかりと思うようなこぎれいなたたずまいでした。

まるで、ここに来れば鉄道に乗れるのでは? と思わせるような駅舎だったのです。

でも、駅のホームに上がり、まっすぐ続く線路を眺めた時に浮かんできたのは、「銀河鉄道」ではなく、映画「stand by me」の一シーンでした。4人の少年が、鉄道沿いの遠い森の中で起きたという殺人事件を聞いて、鉄路を歩いて現場を探りに行くという少年時代の冒険ドラマ。

ビートルズもカバーしたというあのベン・キングの名曲があったからこそ映画史に残る名作になったと筆者は思い込んでいますが、まっすぐ森の中に伸びて行くレールを見た時、この映画のシーンを思い出さざるにいられませんでした。

銀河鉄道の二人の少年、そしてスタン・バイ・ミ―の少年たち。月並みな表現ですが、「友情」という言葉の、純粋で、ほろ苦い感情を思い出しました。

もし本当に日高本線が廃線に向かうというのなら、毛布一枚を丸めて、「stand by me」

を口ずさみながら、行けるところまで歩いてみたい、そう思っているところです。

作・船旅人 写真・若勢 文太

船旅人

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1949年生まれ。専門新聞社の社長退任後、趣味の旅行を軸に文筆業を目指す。特に船を利用した旅を好む。

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