日高まきば文芸室

『人生と言う名の競馬場』作・船 旅人

ふりむくな
後ろには夢がない
ハイセイコーがいなくなっても
すべてのレースが終わるわけじゃない
人生という名の競馬場には
次のレースをまちかまえている百万頭の
名もないハイセイコーの群れが
朝焼けの中で
追い切りをしている地響きが聞こえて来る

―――寺山修司「競馬への望郷」より

ハイセイコーが圧倒的な人気を集めた日本ダービーに負けた1973年。僕にも、始まったばかりの人生をふりむくことしかできなかった日々があった。

この年、留年を繰り返した大学を中退し、新聞の求人広告を丹念に括りながら、30枚もの履歴書を送り、ようやく潜り込んだ社員10人ほどの小さな業界新聞。

それでも自分の働きで金を稼ぎ、生活する充実感で満たされていた。その時の初任給は4万6000円。所帯をもった相手のそれが4万円だった。

僕が職を得たその会社は大卒並みの給与を保証してくれた。それに、お風呂を備えた公共の団地の入居抽選にもすぐに当選して、住む家も確保できたのだから。

その年の5月、「馬といえば、そりゃあハイセイコーだろ。この馬券は絶対間違いない」。職場で知り合った先輩記者は飲んだくれの上、大の競馬通だった。

その年、地方競馬で連戦連勝、それも、ぶっちぎりで勝ち切る競馬をしたハイセイコーは鳴り物入りで中央競馬にデビューして来た。そして、弥生賞、スプリングステークス、皐月賞と一本被りの人気を集めつつ、勝ち切った。

投票の66.6%という異常な人気を集めてダービーに登場した、この巨体の持ち主を

「買うか?」と聞かれたのに、もう500円札1枚といくつかの百円玉しか財布になかった僕は、「当たっても配当無いんでしょ」なんて嘯きながら断ったのである。

「競馬はギャンブルだけど、ギャンブルじゃないんだよ。夢を買うんだ」なんて粋な文章を書く先輩の吐くセリフに、笑いを返しながら別れた。

夏のある日、いつも一緒に飲んでいた中学時代からの友人N君と神田で飲み始めた。しばらくそわそわしながら、2度3度と、どこかに電話を掛けていたN君が、ちょっと照れた表情を浮かべながら、「うん、受かったみたいだ。M新聞に」と大手新聞社の名前を挙げた。

「本当は出版社の方が良かったんだけどね」と、小さく笑って。

その晩、家には帰りついたが、ぼくはいくら飲んでも酔わなかったように覚えている。

今年夏、そんなことを思いだしながら、新冠の街を訪ねた。その町にはランドマークのように、国道235号線の真ん中にハイセイコーの銅像が浮かんでいた。この出会いは望んで実現したものである。

そして思いがけなかったのは、銅像を囲むように並ぶ、30頭いいや50頭はいるかもしれない優駿、つまり重賞を制覇したサラブレッド達のレリーフの群れ。

ハイセイコーのように知られた名を遺したわけでもないが、こうして名誉を称えられている新冠生まれの馬たちの群れである。

「僕には碑もないし、レリーフもないな」と、なぜか笑みが浮かんできた。

そういえば翌年の春。僕たちに初めての子供が生まれた。

中央を目指しながら果たせなかった人生。像などいらない。

「ここにやってきて、よかった」とそう思うのだった。

船旅人

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1949年生まれ。専門新聞社の社長退任後、趣味の旅行を軸に文筆業を目指す。特に船を利用した旅を好む。

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