日高まきば文芸室

『昭和史の町=レ・コード館のこと』作・船 旅人

北海道に行けば、馬に会える。

そんなイメージが心に刷り込まれたのは、子供のころ見たある映画のせいでした。

小林旭の「ギターを持った渡り鳥」がそれ、です。

筆者が生まれたのは、東京世田谷区。環状七号線とルート246の交差点にある上馬という町でした。

そして交差点近くには、「野沢銀座」と名付けられた商店街。それに「上馬メトロ」という名の小さな映画館があり、2週間ごとに出しものが変わる3本立て興業が行われていました。

うち2本は日活。石原裕次郎や赤木圭一郎のマドロスものや、小林旭の渡り鳥シリーズ。この三人の映画が掛かると、朝から満員だったように覚えています。

僕は、日曜日ともなると、映画館の隣にあった和菓子屋で、コッペパンを買って。パンは10円でしたが、さらに5円払うとマーガリンを付けてくれる。顔なじみだったですからね、アンコも塗ってもらって、映画館が開くと同時に、前方の真ん中に席を取って、夕方までここで過ごしたものです。

「渡り鳥シリーズ」は、1959年から3年間で、合計8本製作されたようですが、大好きなのが、あの甲高い声で歌いあげる小林旭の「赤い、夕陽が…」の歌でした。

ヒロインは浅丘ルリ子。可愛かったですね。あのくりくりした目が。で必ず、絡んでくる殺し屋風の風来坊が宍戸錠。

さらに、悪役と言うかヤクザの親分が金子信雄。そして中原早苗、川地民夫…。あのフォーリーブスの江木俊夫が、小林旭の馬の背中に乗って出てきた編も記憶にあります(「大草原の渡り鳥」)。

当時、筆者は10歳か11歳。小学校の5、6年生でした。石原裕次郎も見てはいたんでしょうが、今覚えている映画は、「渡り鳥」だけですね。

その後、調べてみるとシリーズの中でも北海道が登場するのは3本だけで、舞台は函館と摩周湖。当時の定番観光地だったんだと思います。そこになんと、馬に引かれた荷馬車や、まさにサラブレッドのようなきれいな馬にまたがって登場してくる小林旭。もちろん持っているのはギター。でも、ギターしか持ってないんですね。

そのうち宍戸錠とからんで、レジャーセンター建設や不動産開発で小さな牧場主やらアイヌの村を締め上げようとする黒幕の金子信雄らと対決して…。もちろん浅丘ルリ子さんとの純愛だけでなく、白木マリさんのお色気もチラチラ。まさに日本型西部劇と言うべきシリーズで、同時に青函連絡船での別れも出てきます。

僕が船好きになり、北海道の牧場と馬にロマンやノスタルジアを感じるようになった原点は、この上馬メトロと小林旭にあったのではと思うほどです。余談ですが、その後10年ほどたって、同じような、シリーズ映画の大ヒット版として、筆者が嵌ったのは「仁義なき戦い」でした。銀幕で活躍するのはヤクザの親分金子信雄と、インテリ正統派ヤクザの小林旭。

そうそう中原早苗さんは、まさに深作欣二監督の奥さんですからね。「渡り鳥シリーズ」という、この映画のモチーフは、そのままは受け継がれていたと、勝手に思い込んでいるのです。

新冠の町のハイセイコーの碑があるその場所に「レ・コード館」と呼ばれる町のランドマークのような建物があります。何故「レ・」なのかは知りませんし、今更「レコードなんて」、と、最初は筆者も思いました。しかし集めたレコードの数はなんと100万枚といいます。近頃はレコードなんて創られませんから、これまで制作された…、と書いたとき、ああそうか「昭和の時代」に制作された音楽史がここにはあるんだと、気付きました。

もちろんレ・コード館には、小林旭もいましたし、美空ひばりも。そして僕が訪ねた日には、エントランスに松田聖子のLPが。

新冠には、馬の歴史だけでなく、昭和史そのものがある。いや、自分史がここに残されているんだと…。

一日中どっぷりと漬かって、自分史を辿ってみてもいいのかもしれません。

船旅人

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1949年生まれ。専門新聞社の社長退任後、趣味の旅行を軸に文筆業を目指す。特に船を利用した旅を好む。

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